第2回 バランス・スコアカード導入の試行錯誤

  • 2007年10月 1日(月) 06:00 JST
  • 投稿者:
    HP委員会

  
3.導入プロセス
 中小企業へのBSC導入にあたって、戦略目標の設定からはじめようとしたが、そこで暗礁に乗り上げるケースが出てきた。経営理念、経営戦略、ビジョン、目標、アクションプランという概念が共有されておらず、今、何をしようとしていのか、何に向かって討議しているのかが不明確になった。ここで感じたのは、BSCを理解してもらえる土壌が、その企業にどの程度あるのか、即ち経営成熟度がどの程度であるかを知らないと、検討の方向が見えないということであった。
(1)経営成熟度に合わせた導入手法
企業の成熟度は、BSC導入において、「経営理念の確立状況」、「顧客視点の確立状況」、「戦略発想の確立状況」などが決め手になると判断し、それぞれの成熟度にあわせたBSCの導入方法を検討した。成熟度としてレベル0からレベル3に段階付けをし、図表2のとおり成熟度にあわせた導入手法を確立した。
図表2 企業の成熟度モデルと導入手法

 
(2)経営理念の確立方法(レベル0企業向け)
 経営理念は、企業が経営活動を行ううえでのよりどころであり、顧客、仕入先などの社外との関係、従業員とのかかわり、社会との関係、などを明確にしたものである。そのため、経営理念が確立していない「レベル0」の企業では、BSCの構築を進めにくかった。
 即ち、経営理念が確立していないと、SWOT分析をして、「自社の強みを生かして、機会を広げる」戦略を模索しようとしても、どのような機会を当社のビジネスチャンスとして取組もうとするのか、経営理念との整合性が確認できないし、活用すべき強みや克服すべき弱みが経営理念と合致しているのか判断ができなかった。
 経営理念がないという場合でも、経営者がこの会社を設立する時に必ず「何のために会社を設立するか」という思いは持っておられたはずである。それを膨らませて、顧客、仕入先などの社外との関係、従業員とのかかわり、社会との関係にひろげていったものが経営理念となる。
経営理念には様式があるわけではなく、その会社らしく作っていけばよいのである。
経営者が常に、経営活動の原点として意識している「経営に対する熱き思い」を、言葉に表現したものであり、経営理念は、経営活動と表裏一体のものである。
経営者がこれまで胸に秘めていた「経営に対する熱き思い」を紙に書いてみて、どれが原点になるかを反芻し、経営幹部と意見交換したり、他の経営者に相談してみるなど、経営理念の候補と経営活動と真剣に向き合ってみれば、経営理念は確立できてくる。 
 
(3)スタートの視点としての「顧客の視点」(レベル1企業向け)
 
BSCの視点は基本的に4つで、「財務の視点」、「顧客の視点」、「業務プロセスの視点」、「人材と変革の視点」の順番で検討を進めていくことになっている。一方、顧客満足を目指すと表明している企業でも、実際の経営活動をみてみると「売り手(企業)の視点」発想の企業が多く、誰に買っていただき、どのように満足していただいているのか、という「買い手(顧客)の視点」に立っている企業はそれほど多くないことがわかる。このような、顧客視点が欠如している「レベル1」の企業で、「財務の視点」から検討をはじめると、昨年比○%アップという短絡的な思考回路にはまって、「顧客の視点」、「業務プロセス」、「人材と変革」へと広がらない危険性があった。 
 そこで、「顧客」に焦点をあてて、「顧客の視点」を理解してもらう方策を検討した。
ここでは、自動車整備業のH社で行った事例にもとづき、顧客の視点の分析を紹介する。
自社の顧客の属性を知るうえで、ABC分析をしてA顧客に焦点をあててみた。20対80の法則である20%の顧客が80%の売上に貢献しているという大数の法則に従えば、現在の事業の顧客分析は20%の顧客の属性を把握できれば、大体の方向性は見出せる。
全社員が集まるBSC検討会の際に、20%にあたる350名の顧客リストを全社員に配布してもらった。そして、これらの顧客の属性について知っている情報を出してもらった。その結果、「外車が多い」、「オイルキープ客が多い」、「一家で数台の車を持っている」、「A顧客が紹介される顧客は、A顧客になられる可能性が高い」、「納得されると、価格は高くても買ってもらえる」など、具体的なイメージが現れてきた。
一方、最近のアサヒビールのコマーシャルで「すべては、お客様の“うまい!”のために」というキャッチフレーズが流れている。このキャッチフレーズは、顧客満足経営を端的に表現したすばらしいものだと思う。
これを拝借して、H社で、A顧客が満足された時に、どのような感嘆詞を発せられるか、これまでの経験から全社員に問いかけをしてみたところ、いろいろな意見が出た。
 なかでも、「ありがとう!」の感嘆詞は、それを聞いたサービスマンやフロントも嬉しくなるパワーを持った言葉であることから、「ありがとう!」を選んだ。
 
 
すべては、お客様の“ありがとう!”のために
 
 
このキャッチフレーズを、意識しながら、「業務プロセスの視点」、「人材と変革の視点」の検討を深めた。また、お客様が「ありがとう!」と言われるのは、どのような満足感からきているのか問いかけたところ、「点検・修理品質の高いこと」、「点検・修理の納期を守ること(納期が短いこと)」、「情報の提供が的確であること」、「価格が適切であること」、などであることがわかった。
 
 
執筆者紹介
おのえ経営事務所 尾上康之
繊維メーカーを定年退職後、2001年おのえ経営事務所を開設。大阪豊能地域中小企業支援センターでサポータとして6年間、中小企業の経営革新支援に従事している。経営戦略立案プロセスにバランス・スコアカードを活用すると、経営者の理解を得やすいことを体験したことをきっかけに、コンサルタント仲間でBSC研究会を立ち上げ、実践研究を継続している。ITコーディネータ、中小企業診断士、物流技術管理士、CPCCコーチ。